はじめに
2026年5月2日土曜日、新緑が眩しい季節に、第5回 神戸風舎「わかちあい」を開催いたしました。
ゆっくりと流れる時間の中で、大切な方への想いや、今感じている言葉をわかちあいました。
それぞれの思いを胸に抱えながら集ってくださった皆さまと、静かな時間をともに過ごしました。
神戸風舎の「わかちあい」が大切にしていること
神戸風舎のわかちあいでは、
悲しみを区別しないこと
悲しみ比べをしないこと
泣いてもいいし、笑ってもいいこと
を大切にしています。
大切な人を亡くした悲しみは、一人ひとり違います。
関係性も、経ってきた時間も、その人が抱えている背景も異なります。
だからこそ、「こう感じるべき」「これくらいで元気にならなければ」という物差しを持ち込まず、その人のまま、その気持ちのまま、ここにいていい。
その安心が、わかちあいの土台だと考えています。
今回のわかちあいの様子
今回のわかちあいには、大切な方を亡くされた要因も、性別も年代も異なる3名の方にお集まりいただきました。
お話しされる内容は、ひとりひとり異なります。言葉にできること、できないこと、多くの感情があります。それでもどこかで、お互いの想いが重なり、言葉をかけあい、響きあう瞬間が何度もありました。
それぞれの言葉も、話せない時間も、そっと頷き、静かな時間も共にする。あるいは、「自分もそうでした。自分はこうでした。」と、静かに寄り添う。
私たちだけではなく、参加者さん同士が自然と互いの心を包み込むような「ピアサポート」の時間が広がったことが、とても心に残っています。
「語ること」と「聴くこと」のあいだで
以前、私はこんなことを綴りました。
わかちあいの場では、「語ること」が癒しになることがあります。けれど同時に、「聴いてもらえた」ということ自体が、その人を支える力になることもあります。
また、誰かの言葉を聴くことによって、自分の気持ちに気づくこともあります。自分ではまだ言葉にしていなかった思いが、誰かの語りを通してそっと浮かび上がってくる。わかちあいには、そうした静かな循環があります。
神戸風舎が目指しているのは、悲しみをなくすことではなく、悲しみを抱えたままでも、人が人としていられる場を育てていくことです。
今回の会は、まさにこの「循環」を、私自身も肌で感じた時間でした。
誰かの語りに自分の想いを重ね、互いに感じ、ともに静かな時間を過ごす。そのような時間をみなさまと過ごさせていただきました。
おわりに
悲しみは消えるものではありませんが、誰かと響き合うことで、その重さをほんの少しだけでもわかちあうことができたらと願っています。
「一人じゃない」と感じられることが、明日への一歩を整えるための何よりの力になると信じています。
お越しいただいたみなさま、本当にありがとうございました。


